人と社会と国との関係を考える(2-4)
2024/10/12
ウクライナは『勝利計画』を作成しました。アメリカの長距離弾道ミサイルを使用して、ロシア国内の主要な軍事工場、武器&弾薬の貯蔵庫を破壊し、終戦交渉に持ち込むつもりのようです。その計画が実現した場合、ロシアが、ECやアメリカの軍事基地にその報復攻撃を行うと思います。そうなれば、全世界が、核兵器を意識した軍事行動を考慮するようになり、ウクライナ戦争は、もっと大きな戦争の引き金になります。
コメディアン出身のウクライナ大統領は、当初から「ロシアとの直接交渉は行わない」と言い、勝てるあてもない戦争を1年以上行ってきました。ウクライナ大統領は、ロシアの国力や軍事力を正しく把握できているのでしょうか?
ウクライナの正教徒もロシアの正教徒もお互いの平和共存を求めているのではないでしょうか?
マタイ福音書27章46節(新共同訳)
3時頃、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」という意味である。
神父、神子(イエス・キリスト)、精霊(聖神)は、この世の力による支配者でもなければ、支配者たちの王様でもない。
この世は、国であっても人であっても、絶対的に優位なものとそうでないものとが常に存在している。
イエス・キリストは、絶対的に劣勢である人達が天国に入るための指導者である。
ウクライナがロシアの軍事力に屈した形で終戦宣言をしても、ウクライナ正教がロシア正教に敗北するわけではない。
最も恐ろしいのは、ウクライナの領土問題で、世界中の人が悩み苦しむ状況に追い込まれことである。
ウクライナやロシアの政治家たちは、あとどれだけの人が死ねば、話し合いをする気になるのでしょうか?
自分の権力維持や自分の身内の安全の確保が1番なのでしょうか?もしそうならば、ウクライナもロシアも北朝鮮と同じことを行っているだけであり、相手にする必要はないと思います。善意で支援している人達は、ギャンブル依存症の人に、お金を援助している愚か者に過ぎないのではないでじょうか?
以上
人と社会と国との関係を考える(4-1)
昨日(2024年4月28日)は、聖枝祭(神の独り子イエス·キリストがエルサレムに入場した記念日)でした。
イスラエルに住むキリスト教徒や全世界のキリスト教徒は、素直にお祝いできたでしょうか?
イスラエル国民は、パレスチナの人びとと信頼関係を築く努力をしてきたでしょうか?
私達は、ポンテオ·ピラトのように、水桶に手を浸して、この悲惨で不合理な出来事の責任を私達は負いませんと宣言し、ただ見ているだけでしょうか?
今のイスラエルのユダヤ教徒は、『イエスを十字架につけろ、その罪はすべて我々が負う』と意気揚々に叫んでいる姿と同じではないでしょうか?
パレスチナの人びとは、これからどう生きて行けばよいのでしょうか?
パレスチナの人びとが、幸せな生活を取り戻すことができますよう、我が主イイスス·ハリストスにお願い·お祈り致します。
アメン
人と社会と国との関係を考える(4)
国連について
イスラエルがハマスの攻撃に対抗する形でパレスチナ自治区ガザに軍事侵攻し、2万人近い民間人(多くの子どもを含む)が殺されました。100人以上の国連職員も巻き込まれ、殺されました。
なぜ、こんな事が起きたのかを考えます。
元々の原因がイギリスにあるという人もいますが、具体的な問題点を挙げます。
(1) 国連は、イスラエルにパレスチナを国家として認めさせることができなかった。(国連は、パレスチナをイスラエルに認めさせる努力をしなかった)
(2) 国連は、イスラエルとパレスチナが対話し信頼関係を築く機会を作る努力をしなかった。
(3) 国連は、湾岸戦争などアメリカの中東政策を容認し、パレスチナ問題もアメリカの意向に従って、見て見ぬふりをしてきた。
ウクライナ戦争にしても、アメリカ大統領が代わると、国連は態度を一変させました。
今、国連はまったく機能していません。
来年、トランプ大統領が、再度、誕生した場合、国連の正当性や社会的信用が消滅する危険性があると思います。
以上
人と社会と国との関係を考える(2-3)
ロシアは、ウクライナ戦争を継続していて、来年のアメリカ大統領選挙に望みを抱いているように見えます。
ロシアは、アメリカ、ヨーロッパ諸国及び日本との経済的関係、政治的関係、人的交流を絶ち、中国、北朝鮮、イランとの関係を強化しています。
ウクライナ戦争の長期化は、世界経済に大打撃を与えていて、来年のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が再選された場合の世界の変化(混乱)は、常識を超える危機的状況になると思います。
先日、風見鶏の鈴木宗男氏がロシアを電撃訪問し、ロシアに媚を売って、日本維新の会から除名されました。ウクライナを全面的に支援する日本政府は、トランプ氏再選後、ロシアにどう対応するのでしょうか。
日本の正教会は、ロシア正教会傘下の自治教会であり、以前(10年位前)、アメリカ正教会の神父(白人)がロシア正教会からの独立を求めて頑張っていた記憶があります。
トランプ大統領が再度誕生した場合、ロシア正教とウクライナ正教とは和解できるレベルにあるのか心配しています。
とにかく、1日でも早く平和な社会が戻って来ることを期待しています。
ウクライナ戦争は、宗教の対立(ロシア正教対ウクライナ正教)であると言う人がいますが、アメリカ大統領が代わると、戦争が起きたり終わったりしています。トランプもバイデンも正教会とは一切関係ありません。
ウクライナ戦争の原因は、東西冷戦時代から続くアメリカ政府のロシア政府に対する政治的敵意であると思います。
私は、間違っていますか。
人と社会と国との関係を考える(3-3)
アメリカは、共和党のトランプ大統領から民主党のバイデン大統領に代わり3年が経過し、来年2024年11月に大統領選挙が行われます。
トランプ大統領の時代は、ロシアのクリミア半島統合を認め、それに反対するウクライナに対して国連は制裁を行いました。
バイデン大統領の時代になって、ウクライナ戦争が始まり、戦争の終結のめどがたたないどころか、多くの国を巻き込み、さらに戦争が激化しています。
伝染病(コロナ)とウクライナ戦争とパレスチナ紛争で、世界中の経済がダメージを受けています。
今の状況では、来年の大統領選挙でバイデン大統領が勝利するのは難しいと思います。
来年、トランプ大統領が返り咲いた場合、国連は再びウクライナに対して制裁を行い、アメリカの支援のないウクライナ政府は、アフガニスタンの暫定政府や南ベトナム政府のような末路をたどるのではないでしょうか。
もっと恐ろしいのは、アメリカによる北朝鮮への軍事制裁による強いアメリカの実現をトランプ大統領が掲げる可能性がある点です。前回、イスラエルの借りを返す気満々でしたから。
私は間違っていますか。
人と社会と国との関係を考える(1-3)
韓国は、文大統領から元検察官である尹大統領に代わり、韓国は政治的イデオロギーと縁を切り、政治的な南北統一を諦らめているように見えます。反日から親日(反日では、らちがあかない現実派か?)に代わりました。
北朝鮮は、ウクライナ戦争においてイランに匹敵するほどの軍事協力をロシアに行っています。ウクライナ+アメリカ(+ヨーロッパ)、対、ロシア+イラン+北朝鮮という軍事協力体制がはっきりしてきました。
アメリカ政府が、北朝鮮を決定的な存在(攻撃対象)として認識した場合、朝鮮半島での有事(ハマスがイスラエルに行ったような計画的なテロ)が発生する可能性があると思います。
前回の朝鮮戦争は、北朝鮮のウラン鉱脈をロシアと中国が死守する展開(壮絶な殺戮)が行われました。
もし、今回、新たに朝鮮戦争が起こることを想定した場合、広島や長崎に原子爆弾を投下したアメリカ政府が北朝鮮と対峙し、韓国と北朝鮮が戦争を開始するといったシナリオより、北朝鮮の韓国への侵略を阻止する目的で、アメリカ軍を予め韓国(特に38度線の韓国側)に投入し、日本政府及び日本軍が北朝鮮と対峙するという戦略の方が政治的解決に幅を持たせることができ、早期に北朝鮮を政治的、及び軍事的に無力化させる可能性が生まれます。なぜなら、韓国も北朝鮮もお互い戦争をしたくないと思っていると私は信じているからです。
日本が国連の場で、北朝鮮の非武装化と民主化を主張し、新たな「朝鮮民主主義人民共和国」を構築すべきです。(北朝鮮という国を潰すのではなく再構築するのです)
なぜなら、ウクライナ戦争やベトナム戦争のような展開は、誰も望んでいません。
私は、間違っていますか?
生命(霊)を尽く聖なるものにするキリストについて(その2)
キリストは、私達の生命(霊)の存在について、はっきり説明しています。
私自身、自分の生命(霊)の在り方についての理解は、私の生き方、生活における方向性、物事の判断基準に大きく影響しています。
私は、私自身それほど正しい人間とは思っていないし、ヘマやドジなまねをしないわけでなく、平穏な生活を送りたいと思っているだけの人間ですが、できたら少しでも有意義に過ごしたいと思ってもいます。
新型コロナウイルス感染症が猛威をふるっている状態で東京オリンピックの開催がほぼ決まりました。
新型コロナウイルス感染症によって破壊された日常や日本経済が、東京オリンピックの開催を起爆剤として早期に修復されることを願うばかりです。
東京オリンピック以降の日本経済や私達の日常生活が元通りになることを強く希望します。
今(2020年12月)が一番辛い時かもしれませんが、諦めずに前向きに、強い気持ちで頑張りたいと思います。
イエス・キリストを仰ぎ見る生き方は、未来志向の生き方であると私は思っています。
イエス・キリストの価値観は、私達とかけ離れたものですが、自分の小さな価値観や思いを清算してくれるものとして私は受け止めています。
以上