独りの正教徒が感じたこと

迷える子羊達へ

2019-10-01から1ヶ月間の記事一覧

私の知っているイエス・キリスト(⑤死と復活:(6)生命(霊)の存在)

イエスは、現実逃避のために死に向かって行ったのではありません。 イエスは私達の罪を背負って死に、そして復活するためにユダヤ社会と対峙したのであり、イエス・キリストの死と復活は、生命(霊)の死を滅ぼし、永遠の生命(霊)の誕生を現していると思います…

私の知っているイエス・キリスト(⑤死と復活:(5)イエスの受難)

何も悪い事をしていない、それどころか多くの人を救済してきたイエス・キリストが犯罪者と共に処刑されました。それも、宗教指導者と群衆によって裁かれて処刑されたと言ってよいと言えます。刑の執行権限を持つポンテオ·ピラトは、死刑にする罪を認めること…

私の知っているイエス・キリスト(⑤死と復活:(4)記憶の聖パン)

正教会には、聖パン記憶といって「生存者」(生きているがミサ(聖体礼儀)に来れなかった信者)と「永眠者」(亡くなられてミサ(聖体礼儀)に来れなかった信者)を対象に、主イエス・キリストと神の慈憐による救い(生存者にとっては生命(霊)の癒し、永眠者にとって…

私の知っているイエス・キリスト(⑤死と復活:(3)天国とイコン)

イエス・キリストには12人の弟子がいて、その弟子達が中心となって福音を述べ伝えました。 その弟子(聖使徒)の1人であるルカという人は、「ルカによる福音書」や「使徒行伝」を編集しました。 聖使徒ルカは、医者で絵を描くのが得意であったそうで、正教会で…

私の知っているイエス・キリスト(⑤死と復活:(2+α)「主の祈り」のつけ足し)

神の独り子イエス・キリストの贈り物である「主の祈り」の内容について、個人的に言いたいことがあるので、つけ足します。「主の祈り」の中で次のフレーズが大切であり、受けとめ方がいろいろあると思っています。『わたしたちに負債のある者をゆるしました…

私の知っているイエス・キリスト(⑤死と復活:(2)イエスの教え「主の祈り」)

イエス・キリストは、イエスを信仰する人々に、神に祈る言葉を教えました。 その祈りのおもな内容は、この世において、主イエスを中心とし、そして、主のご加護を受けた平和な生活が送れますように願うこと、主イエスに罪の赦しを求めること、そして、神を賛…

私の知っているイエス・キリスト(⑤死と復活:(1)イエスが泣いた出来事)

ラザロ(正教会ではラザリ)が死後4日目にイエス・キリストによって生き返った逸話です。(以下の記述は、私の解釈(思い)です)ユダヤ人であるマルタとマリアの兄弟ラザロがイエスがいない間に病気で死んでしまいました。3人共にイエスを主と信じる信仰を持った…

私の知っているイエス・キリスト(④マリア論)

最初に「マリア論」の基本的な考え方を説明します。(あくまで私の理解していることです)私は日本ハリストス正教会の信徒で、数年前にロシアのイコン画家に描いて頂いたイコンを記載します。(著作権は正教会にあります)このイコンの表現形態は、聖母子像を描…